アンチ夢の国お涙ちょうだい女子ブログ

引き返したほうが身のためかもしれない。

東京には無限の可能性がある、お昼休みはウキウキウォッチングした街、それが新宿です

私が良く行く場所は新宿です。

東京と言えば新宿、新宿は日本一の大都会だと豪語しています。

初めて、新宿に行ったのは今から21年前の浪人生の時に、実家の埼玉から息抜きの意味も込めてはるばる状況してきました。

埼玉県と言ってもド田舎なので、地方の名の知れている都市よりも田舎です。

そういうのもあって、新宿に初めて来た時は衝撃的でした。

当時『笑っていいとも』を新宿アルタから生放送しており、アルタビジョンにもリアルタイムでオンエアが流れている事を知っていた私は、好きな芸能人がテレフォンショッキングのゲストと知った時、直ぐに新宿に行く決心をしました。

ところが、池袋駅からJR埼京線の一番先頭車両に乗ってしまった私は、降りたホームの一番近くにあった階段から出口に出てしまい、そこには新南口と書いてありました。

標識も色々見渡しましたが、アルタの文字がなく、田舎者だと悟られたくないとつまらないプライドを持っていた私は、誰にも聞く事なく自分の感だけで、行動しました。

今だったら、スマートフォンの地図アプリで直ぐに場所は判明しますが、その時は地図で研究した記憶を元に行動しており、何故か西口のヨドバシカメラあたりをうろうろしていました。

どのくらい歩いたか分かりませんか、最終的にアルタにたどりつく事が出来ましたが、その時には15時を過ぎてしまい、『笑っていいとも』のオンエアは終わっていました。

それ以来、新宿と言う街を制覇したいという思いが強くなり、アルタ、マイシティ(現在のルミネ)、ペペ、京王百貨店、小田急百貨店、高島屋タイムズスクエア、東急ハンズ等のお店関係は全て位置と売り場も把握するようになりました。

CDは主に高島屋のHMVで買ってました。

今は閉店してしまったのが残念です。

本はマイシティで買うという目的によってお店も変えてました。

こういう行為が田舎者が都会人ぶる行動なんだと自分でも思ってました。

私が初めて新宿に来た頃は、ビックカメラがなくて、あの場所は当時小田急の別館でした。

ビックカメラが出来た時は、嬉しくて、携帯電話を機種変更する時もあの店で機種変更しました。

この時期に一人暮らしも始めて、西武新宿線沿線に住んでいたので休日も新宿まで来ていました。

電化製品オタクであるので、電化製品もビックカメラで買う事が多いです。

今は、東口にビックカメラとユニクロが融合したビックロが出来たので、東口で用事があった時は、ビックロで買っています。

最初は、新宿駅の構造が理解できず、苦戦しましたが、理解できるようになると、魅力的な街に感じるようになりました。

西新宿の高層ビルで仕事をしていた時期が10年ありましたので、今は完全に地下の通路や新宿三丁目駅へのルート、西新宿駅まで雨に濡れずに行く方法も全て頭に入っています。

それだけ、新宿の街を愛しています。

20代の頃はドン・キホーテにもよく出没していました。

東京で一人暮らしト言えばドン・キホーテはホームグランドのような存在なので、何か必需品があった時等は早朝に買いに行ったりしてました。

新宿で働いていた時期もあったので下戸な私でも行きつけの飲み屋も結構増えました。

彼女とデートする時も新宿が多かったです。

アルタ前で彼女と待ち合わせした時は、私も都会の人間の仲間入りを果たしたと自負してました。

最初に来た時に中々たどり着けなかった場所で彼女と待ち合わせは理想の待ち合わせでした。

私を成長させてくれた街、それが新宿です。

と思っていたら、2年前にバスタ新宿が出来てしまい、バスタ新宿の構造もまた新たに模索中です。