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3大ギターギターリスト ジミー・ページ エリック・クラプトン ジェフ・ベック ついて

2008年に発行されたシンコーミュージック・エンタテイメント刊に記載された3大ギタリストの特集について語りたいと思います。

シンコーミュージック・」エンターテイメントによると、エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジを三大ギタリストと位置付けました。

この3人には、共通した点がありました。

3人とも、ヤード・バースに在籍していたということです。

1963-1965年時代は、エリック・クラプトンが、ヤード・バースのギタリストとして活躍していました。最初は、ブルース思考のばんどであったが、あまりに売れずメンバーは、ポップ志向の曲「For Your Love」を録音した。しかし、エリック・クラプトンは、ブルース志向が強かったため、脱退を決意した。

1965-1966年時代のヤード・バースはエリック・クラプトンという大きな穴を埋めるため、最初セッションギタリストで活躍していたジミー・ページに声がかかったが、友好があったクラプトンを気遣うのと、セッションの仕事が忙しかったため、代わりに推薦したのが幼馴染みのジェフ・ベックでした。ジェフ・ベックは名声欲しさに即ざに参加することになった。彼はブルースもさることながら、ポップな感性や斬新な奏法も持ち合わせていたのでバンドとは利害が一致した。ファズを効果的に使用したポップソング「Heart Full Of Soul(ハートせつなく)」を皮切りに、「Train Kept A Rollin′」といったハードロックの基礎となる曲を世に知らしめた。しかし、ヤード・バースのマネージャーであった、ゴメルスキーとビジネス絡みで不仲になり、バンドはサイモン・ネイピア・ベルという人物を新しいマネージャーとして迎えた。しかし、アメリカでのツアー中に体調を崩したり、アメリカで知り合った女性と遊んでいたなどといわれている。そしてついにベックはある日、「俺は辞める」といってあっさり辞めてしまいました

1966-1968年時代のヤード・バースは、ジェフ・ベックが、脱退した後は、ジミー・ページを起用したのだが、ジミー・ページのやる気とは裏腹に、メンバー脱退やメンバーのやる気がなくなってしまったため、メンバーは全員辞めてしまいました。残されたペイジは、契約上の問題もあって、バンドを継続させようとセッション仲間だったジョン・ポール・ジョーンズと組みバーミンガム出身で無名のシンガーロバート・プラント、その仲間のドラマージョン・ボーナムを加え再始動しました。この時、オリジナルメンバーが居なくなったこともあって、ニュー・ヤードバーズとバンド名を改めました。しかし、その後、契約上の問題が解決したことや、すでに過去の物となりつつあった「ヤードバーズ」を名乗ることに意義が乏しかったことも有り、結局、ニュー・ヤードバーズはレッド・ツェッペリンと改名し、ヤードバーズとは決別して新たなバンドとして、再出発を遂げることとなっなりました。

そのごは、3人ともが有名になったことは、このヤード・バースに在籍していたことが、いい経験となったのか、3人とも名声をえました。